『少年隊』“社長の椅子”を蹴っても安泰な東山紀之とその他2人の残酷な格差【帝国崩壊!ジャニーズ事務所の光と影④】

現在、CDデビューを目指す「ジャニーズJr.」は東西で300人以上いるが、1980年代前半のJr.は、わずか30人ほどで、Jr.の総称が当時は「少年隊」だった。

そのJr.の中から選ばれた錦織一清、東山紀之、植草克秀が正式なグループ名として「少年隊」を結成。85年12月のデビュー曲『仮面舞踏会』が最大のヒット曲となり、86年から93年まで8年連続で紅白出場を果たした。

「後年まで、ジャニー喜多川氏が『理想のアイドルグループ』と公言したほどの完成度。シブがき隊は、少年隊のパフォーマンスを見て、『これはかなわん』と引き際を決断したほどでした」(音楽業界関係者)

リーダーは錦織だったが、事務所はジャニー氏の姉で副社長だったメリー喜多川氏が気に入っていた東山を猛プッシュ。一時期、メリー氏は、自分の娘で現ジャニーズ事務所社長の藤島ジュリー景子氏と東山を結婚させ、東山にジャニーズを継がせようと目論んでいた。

「結局、東山は女優の木村佳乃と結婚し、社長の座は逃した。近藤真彦が不倫問題で事務所を追われたため、現在は最古参のタレントとなっているが、ジュリー社長との結婚を蹴った以上、事務所内で〝入閣〟はできそうにない」(ベテランの芸能記者)

(以下、続く……….)

引用元:週刊実話WEB  https://weekly-jitsuwa.jp/archives/90283

 

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